東京実況

1.

 

夜行バスには物心ついてから初めて乗ったから、海の中を小魚の群れに逆らって進んでるみたいな瞬間があるって知らなかった。寝落ちる直前まで聴いていた星野源のラジオのせいで変な夢を見て、起きたら横浜だった。

パジャマで夜行バスに乗るとパジャマで目的地に着くってことに東京きてから気付く。でも東京は多分余所者に寛大な街だから何にも思われて無かったと思う。東京駅近くのバスセンターのとこの植え込みで赤いチェックのパンツはいたホームレスが寝てたけど誰も見てなかったし。2キロくらい歩いてネカフェに行った。シャワー借りて風呂に入った。タオル代の250円を払うのがどうしても嫌で、着替え用に持ってきていたインナーで全身拭いてやった。

ネカフェは神田にあった。すすむくんと18時に新宿で約束をしていた。線路沿いにずーっと歩けば新宿に着くらしかった。ナビが仰る道はどこもかしこもアスファルトがほじくり返されて工事中だった。ニッカポッカはいたドカタのおっちゃんが忙しそうにしていた。

靖国神社にぶつかった。入口の「禁止事項」の看板の横で太った外国人のおじさんが嬉しそうに写真を撮ってもらっててカワイイって思った。

神社の中もクレーンとか重機でワイワイしてて、あーオリンピックが来るんだなって思った。ああ言ったけどほんとはやらないんじゃないかって心のどっかで勝手に思ってたからびっくりした。直す必要があるかわからないとこまでキレイにして、私が手コキ屋さんでショロショロ稼いだくらいではどうにもならない金額が猛スピードで動いてる。そのことがちょっと怖いなと思った。ルールなんて何も知らんから周りを見ながらテキトーに参拝して、別に何も狙い無いけど5円玉とか投げちゃって、そんで終わり。二拝二拍一拝だっけもう忘れた。

神社から出たら猛烈にお腹が空いてることに気づいた。ネカフェでジュースガブガブ飲んで誤魔化してだけどそれもここまでかって思った。何でもいいやって思って歩いてたけどお蕎麦屋さんの看板を見たらもうお蕎麦、ざる蕎麦しか考えられなくなってよっしゃ今日はお蕎麦だ!って思った。見たことない店だったけど食券制だったからチェーンだったのかな。ざる蕎麦、ほとんどフリーターみたいな身分のくせに30円払って大盛りにした。途中で黒いマスクをした黒い格好の金髪の女の人が店に入ってきて、私の大盛りざる蕎麦をチラッと見た。フリーターの分際で大盛りなんか頼みやがって、と思われたのかもしれない。いやそんなことはない、ここは余所者に寛大な街、天下の東京だもの。

おばさんが途中で赤い急須に入った何かを持ってきた。蕎麦湯だ。うわ、と思った。23年も生きてきてなんだけど、私はまだ蕎麦湯とどうやって向き合っていいかわからなかった。別に美味しくないし。「蕎麦湯 飲み方」って検索したらつゆを薄めろって出た。飲んでみた。うん、つゆを薄めた味だ。

 

音楽を聞かずに歩いていると頭の中に散文的な文章がバンバン浮かんで面白いので、ちょっと立ち止まって蕎麦屋でこうしてメモしてる。多分このペースでいけば13時ごろには新宿に着いちゃうだろうな。

 

2.

 

蕎麦屋を出るとウーバーイーツの会員を募集しているキャッチに引っかかった。基本押しに弱いのですべてのキャッチや勧誘の話を真面目に聞いてしまう。今会員登録をして友人を紹介してくれれば2万円から6万円が手に入るチャンスですよ!って言ってた。わーマルチみたいって思ったけどお兄さんの人のよさそうな顔を見ていたら何も言えなかった。気づいたらお兄さんだけじゃなくてお姉さんも集まってきてて囲い込まれたみたいで怖かった。お兄さんは私がウーバーイーツの対象地域外の限界集落在住だと知ると、あー、とか言って、またよろしくお願いします、とか言ってた。

聞いたこともない名前のわけわかんない駅ですら私の実家の最寄り駅よりはるかに豪華で大きくて東京、意味わかんないって思った。人も多くてごちゃごちゃしてるし。半袖半ズボンのおじさんが満面の笑みでキックボードに乗っていた。服を着た犬。生足が傷だらけの就活生。

東京って坂が多いんだなって、キャリーケースを引きずっているから余計そう思うのかもしれない。緩い坂の下に広がるグラウンドで、男女数名が草野球をしていた。ちょうど勝負がついたらしかった。6対7で、どっちが勝ったとかはわかんなかった。ありがとーございましたー、って爽やかで脳死した挨拶。今日は別に晴れてなくて雲も多かったけど、こういう人たちには空は青く見えるのかもしれない。坂を上りきったビルの上に、菅田将暉がコーラを飲んでいるでっかい広告があった。一瞬、写真とっとこっかなって思ったけど、田舎者と菅田将暉ファンが同時に露呈したら投石されると思ってやめた。

新宿まであと3キロだってさ。あえて人通りの少なそうな裏路地を選んで歩いた。看板を見ただけで、ちょっと気になるな、入ってみよっかな、みたいな店が乱立している。裏路地でこの調子なら、表の通りなんか歩いたらおもしろコンテンツにもみくちゃにされて死んでしまうかも。でも裏路地は途中で終わっちゃったから、私は表の通りに引っ張り出された。一生かかっても消費しきれないコンテンツの波。在ること自体は知っているのに、それがどんなものかは知らないってことが昔からすごく怖かったから、私は東京には向いてないんだって思う。げんに今だって、新宿御苑コメダのコンセント席にパソコンつないでこれ書いちゃってるし。岐阜にいるときとなんも変わんない。

おしゃれ。洗練。スマート。別に憧れてるわけじゃないけど、そういう地元でボケっとしてたら一生手に入らないものがここではあっという間に手に入るんだと思ってた。けど実際はキックボードに乗ったおじさんだし、服着た犬だし、傷だらけの就活生だ。そもそも都会を受け取る私が私のままじゃ、一生東京に歓迎されることはないんだと思った。東京に向いてるのは、ビル街のど真ん中で草野球しちゃうような、都会を都会だと思わない人たちなのかもしれない。

 

3.

 

すすむくんと別れて、私は1人で山手線の電車に乗った。ずいぶん前5chがまだ2chだったころ、満員電車ででかいリュック背負ってるやつ何?みたいな物申す系スレを見たことがあったから、私は大人しくリュックサックを抱っこした。

街は過ぎても過ぎてもガチャガチャしたまま。電車の中の、誰の目にも留まらない中吊り広告。車内灯はやけに白っぽく明るくて、1人ではしゃいでる人みたいでちょっとイタかった。すし詰めってくらい人間がいるのに誰とも目が合わなくて、人間は何のためにこんなにいっぱいいるんだろうって哲学的なことを思ったりした。心細くなって、抱きしめたリュックサックを赤ちゃんみたいにあやした。

西日暮里で乗り換えて北千住へ。すぐ来ていた我孫子行きはぎゅうぎゅう詰めで、何となく馴染めないような気がして見送っちゃった。みんな何も疑いも持たず来た電車に詰め込まれてく。何も考えずそうしているわけじゃなくて、そうしないといけない理由をそれぞれ持ってるってことがなんか気の毒だった。電車の中にピンクなのか紫なのか分からないけどとにかく派手な髪の毛の女の子がいた。お年のほどはわからない。高い位置のツインテール。凝視してたのは私だけで、その子は車内で心地よく無視されている。「三井生命は大樹生命へ。」車内広告。竹内涼真。現実にいたらあんなに有り難がられる彼も、ここでは誰にも歓迎されない。良くも悪くも無関心なんだみんな。余所者にも異端にも寛容で無関心な街東京。新宿の人の多さとかは好きになれないけど、そういう所はちょっと好きだと思った。

日付が変わってから駅に着くと、お姉ちゃんとお姉ちゃんの彼氏が車で迎えに来てくれていた。お姉ちゃんの家の最寄駅は周りに何もなくて、田んぼと平和堂以外何もないほぼ荒野の地元を思い出した。「なんもないやん」って言ったらお姉ちゃんは「あるやん」って言って目の前の暗闇を指差した。ついに頭がおかしくなったのかと思って爆笑したけど、明かりが付いてなくて見えなかっただけで大型の商業施設があるらしかった。「テナント2つしか入ってないけど」ってお姉ちゃんの彼氏が言った。いやそれなんもないやん。無やん。アクセスが悪いのと、周りに会社も学校もないせいで人を呼べないんだってさ。そういう、頑張ってるのに空回ってる田舎を見ると限りない人臭さを感じて愛おしくなっちゃうな。

 

4.

 

朝はお姉ちゃんの彼氏が最寄駅まで車で送ってくれた。車の中で私の下宿先は田舎だけど治安が良くないこととか、アパートが狭いから一軒家で寝泊まりすることが落ち着かないこととかを話した。駅に着いたら、秋葉原までは格安の切符があることを教えてくれたので自販機でそれを買った。切符を入れたらピンポーンって止められて、え、何で?って思った。突き返されたそれをよく見たら、朝は10時からしか使えないって書いてた。自販機で買っちゃったから払い戻しもできなくて朝からほんとに萎える。しかもそれ買ったせいで財布の中にお金が無い!いっつもギリギリまでおろさないからたまにこういうことが起こる。歩いて3分のセブンイレブンまで歩いて、ATMで2万おろした。そんでまたさっきの格安自販機まで戻る。お金を入れようとしたら1000円札からしか取引できないって言われた。財布の中には万札が2枚。もう、私、ほんまこういうとこやんね、もっと萎えた。朝からマイナス一億ポイント。いきなりステーキでタダ喰いしても怒られないくらいのボーナスステージが無いと取り返せないな。またセブンイレブンまで歩いて行ってお茶買って1000円札に崩した。

電車は席がいっぱいでもう座れなかったから、仕方なく入口のところで手摺を掴んでた。昨日は暗かったからわかんなかったけど、この辺りも相当田舎だと思う。カーナビ道しかうつらないんじゃないの?ってくらい田んぼしか無くて、信じられんほど遠くまで見渡せた。果樹園らしきところの中ほどにある小高い丘みたいな場所に、おじさんが三角座りしてボーッとしているのが見えた。

電車の中では、スーツ着たおじさんが「図解でよくわかる病原虫のきほん」という本を熱心に読んでた。秋葉原についたら、胡座をかいて文庫本を読んでるホームレスがいた。大型のライトを専門に扱ってるショップがあって、おじさんたちが真剣にそれを見てる。なにが面白いのか全然わかんないけど、みんなにとってそれが大事なものだってことはなんとなくわかってるつもり。

 

5.

 

大手町駅で曲がってまっすぐ歩いていくと、お堀にぶつかって、そこがいわゆる皇居と呼ばれている場所だった。中学校の修学旅行で来たことあるからすぐわかった。なんか芸能人とかセレブとかがこの周りをジョギングしたりするんでしょ、知らんけど。わーっと広い芝生に、松やらなんやらの木々が絶妙に配置されている。ずっと向こうの霞ヶ関駅の方まで、白い歩道がアホみたいに長く伸びている。あの辺りってさぁ、なんかこう、すごいよね。ただスーツを着ただけの太ったおじさんが、東大卒大手商社勤務の高学歴エリートに見えたりするし、芝生でお弁当を食べている子連れのママが、夫は起業家自身は人気インスタグラマーのやり手主婦に見えたりする。私はその中にうまく溶け込めているのかなって思った。

 この予定調和感がよろしくないのかも。全部が全部、きちんとしてて、無駄なものは一切ありません!みたいな、過剰な自信。秋葉原の駅近くではあんなにたくさん見たホームレスの人たちも、ここに来てからは一人も見ていない。手入れの行き届いた緑と、PM2.5で遠くに霞んで見える、直角と直線で構成されたビルたちが、そこにいる人たちにまで中身のない説得力を持たせてる。ここにはマクドやサイゼはおろか、スタバすら見当たらない。私の知ってるものはなーんにもなかった。

 なんとなく道の端の方を歩いていると、芝生の上に黒いものがあるのが見えた。よく見るとそれは、おじさんのものと思しき靴下だった。数回履いただけではないだろうという貫禄のある黒い靴下は、引き出しにしまわれるときと同じように、お行儀よくクルっとひとまとめにされている。柔らかい緑の上の黒点は、だれがどう見ても異分子そのものだ。それは丸善檸檬よろしく周りのざわめきを吸収してカーンと冴えかえっている。思いがけないところで仲いい友達に会っちゃった、みたいな気分。

 あそこのおじさんはただスーツを着て散歩するのが趣味なだけの無職かもしれないし、子連れのママは浮気がバレて夫と離婚調停中かもしれない。休みの日はボランティア活動をして過ごしています、みたいなあの男子大学生は子供のころに小動物を殺したことがあるかもしれない。つまりはみんなそんなもんなのかもしれない。思いがけない乱入者に化けの皮を剥がれた人たち。ああして一生懸命おすまししていても、ドラマや映画の登場人物みたいに潔白じゃなくて、普通にいろいろあるんだろうな。なんだ、それって私と一緒じゃん。まじでさ、人生って大変だよね、初見殺しのイベント多すぎやもん。

完全に気をよくした私は、周りのみんなを見習って、背筋伸ばしたりとかしちゃって、せいぜいカッコつけて大股で歩くことにした。

 

6.

 

新御徒町駅で降りて、上野まで歩く。今日のお昼は丸の内ちゃんと一緒に食べることになっていた。昨日いた霞が関よりかなり生活感あって、人間臭くて、へぇけっこうやるじゃんて上から目線の気持ちになった。御徒町そのものには用事はないんだけど、『アメ横』なるものがあるって聞いてちょっと見ておこうと思って。『アメ横』。聞いたことある。若者がいっぱいいるんでしょ多分。スーツ着て疲れた表情の人はもうおなか一杯だし、せっかくの東京なんだから若いエネルギーを摂取したい。しばらく歩くと『アメ横』の看板。狭い道路に面して店が所狭しと並んでて、平日の午前中なのに結構な人がいる。暇なん?は特大ブーメランになってそのまま私の急所に突き刺さった。おしゃれで陽気な若い人がいたら怖いなって思ってたけどそういう人はあんまり見当たらなくて、気の早い半そで半ズボンの外国人ばっかりだった。うーん、『アメ横』、ちょっと思ってたんと違うかも。

お店も、古着屋さんとかが一日で見きれないくらいいっぱいあるのかなとか、想像してたんだけど、実際はかばん屋さん!干物屋さん!昼からやってる飲み屋!免税の薬局!干物屋さん!魚屋さん!干物屋さん!スポーツ用品店!干物屋さん!おわり。何?

 確かに私、『アメ横』のこと看板しか知らない。あの『アメ横』って聞いたらみんなが思い浮かべられるようなやつ。勝手にわくわくして勝手にがっかりしてしまった。端から端まで見てやろうと思って、丸の内ちゃんとの約束の時間より二時間も早く来たのに、30分で早々に撤退。適当にドトールに逃げ込んでこれ書いてる。

後ろの席のおばちゃん集団が、トイレに立った人のことを「あの人今日化粧が濃いよね」「やっぱ田舎っていうか、郊外から来てる人は、御徒町くらいでも気合い入れちゃうもんなのかね」って笑ってた。やめろやめろ。刺さるから。流れ弾全部こっち来てるから。田舎者の私とか、今トイレに立ってるおばちゃんからすれば、東京にあるものって全部「あ、テレビで見たことある!」ものなんだよね。芸能人みたいなもん。私にとっては『アメ横』もまさにそんな感じで、どうしても「『アメ横』に見られる自分」を想像して、気合が入るっていうか緊張しちゃうんよ。わかってほしいとは言わないけど、せめてそっとしといてくれや。

 だけど正直、『アメ横』に対しては私は結構対等の立場というか、そこまでいかなくてもまあまあいい線までいってんじゃない、みたいな自信があった。霞が関とか新宿では田舎者がバレるかも!浮いてるかも!って気が気じゃなかったんだけど、あそこではそんな風に思わなかったし。おそるるに足らずって感じ?まあ私ももう東京3日目だし、そろそろ馴染んできたってことなのかな?

 と思ったんだけど、後で調べたら私が『アメ横』に抱いてたイメージはそっくりそのまま『アメ村』のそれってことがわかった。恥ずかし。しかも『アメ村』、大阪にあるやつだし。東京に馴染んだとか思ってたの多分全部幻影。調子に乗ってすみませんでした。

 

7.

 

12時から予定が入ってたのに新御徒町駅に着いた瞬間にどうでもよくなってサボっちゃった。駅からフラフラ歩いて、プロントでパスタ食べた。ランチセットだったから、いい感じのサラダと好きなお飲み物がつきますよって言われて、なんかいつもと違うものって思って牛乳頼んだら美味しくなくてちょっと後悔。通りに面した席で、サラリーマンと半袖の外国人が忙しそうに行き来してるのを見ながらパスタをダラダラ食べた。9割くらい飲み終わった牛乳の表面で小さい虫が死んでた。虫のくせに自殺なんて、バカだなって思った。

お腹いっぱいまで食べたら、次の予定もキャンセルする勇気がモリモリ湧いてきて、よし、ネカフェで爆睡したろって気持ちになった。名前を聞いたこともないようなマイナーなネカフェに飛び込んで、図々しくも学割使ってフラットシート。電気消して夕方まで寝た。

目が覚めた後、ジュース飲みたくて部屋を出たら、本当に誰も居なかった。完全個室のネカフェだったから、扉が閉まれば人の気配もない。寝てる間に地球が滅亡してたらどうしようと思ったけど、店を出たらいつも通りの世界だった。サラリーマン、喧騒、半袖の外国人。居酒屋の前の小さな水槽で、捌かれて死ぬのを待つばかりのフグが泳いでいる。秋葉原の中心街を通ったら5mに一人の間隔でメイドが客引きをしていた。

人波の合間を縫って、東京駅の高速バス乗り場に向かいながら考える。自殺した虫、水槽のフグ、働いてる人間。死ぬか殺されるかいずれ死ぬか。ここで生きてる全てのものが、結局同じゴールにたどり着くために、頑張って、或いは私みたいに全く頑張らないで、毎日ばらばらで日々をやり過ごしている。でも別にそれって東京に限った話じゃないよね。私の産まれた街でも住んでいる街でも、東京と全く同じように、すれ違うほとんどの人が今までもこの先も全くの他人で、外からは見えないオリジナルの地獄を大事に抱えながら、どう足掻いたって最後は勝手に死んでいく。何も変わらない、お揃いだよ、お揃いで私嬉しいよ。

東京、私が期待してたほど特別な街じゃなかった。ちょっと人が多くて、物価が高くて、電車が便利で。チャラいと思ってた新宿でもマンションのベランダには洗濯物がちゃんと干してある。賑やかで寂しい、人間が暮らすための街だ。強いて違うことをあげるとするなら、東京の明るい夜を大荷物で歩いてると、こんな風にわけもなくセンチメンタルな気持ちになるってことだろうか。

鍛冶橋駐車場から夜行バスに乗って、カーテンが閉まったらもう自分がどこにいるかなんてわからない。きた時と同じように、海みたいな夜の中を進んでいく。カーテンの隙間から潜り込んだ外の灯りがまぶたの上にいくつもぶつかって眠れなかった。通路挟んだ向かい側のお姉さんがありえない角度で爆睡している。うとうとしかけた時に、子守唄がわりにイヤホンから流したグッバイフジヤマが漏れてやしないかと心配になって2回くらい起きてしまった。時刻は1時30分。何を学んだでも、何を得たでも無いんだけどただ漠然と行ってよかったなって思った。東京。何でもあるけど欲しいものは何もなかったし、特別じゃないってわかったけど、それでも好きだから、また何回でも来てあげるよ。じゃあ。またね。