私は二◯和◯さんを素直にお祝いできない

 

 

 

 

 

 

  漫画だとかアニメだとかの、現実存在でない男性を好いていた期間が長かったので、テレビなどに出ている人間もいつも通り非実在のそれだと認識してしまうきらいがある。私のような無邪気な市井の人からすれば、彼らは原作者ありきの物語の登場人物に過ぎず、原作者の用意した一元的な価値観や思想を持ったまま、その肉を立体と平面の中間に固定されている。ように見える。2.5次元というのは本当に的を射た表現だと思う。

 

 

  2〜3次元を生きる人々、あるいは人以外の意思を持つ何かかもしれない、の違いというのはそのままアップデートの有無だと思う。

  2次元存在はその更新というものが常にギャラリーに開示されている。アンパンマンの頭は特別にことわりがない限りずっとアンパンだ。ある日突然スイートブールになっていて、いきなり後付けで「カロリーとりたいんでしばらくこれでいきます」ということには絶対にならない。アンパンからスイートブールに変更される過程というのが物語中で描写され、「あ、こういうわけで、今日からしばらくスイートブールなんだな」と視聴者を納得させて初めて更新が許される。ハードの部分だけでなくソフトの部分も同じである。なんの説明もなくアンパンマンが悪に目覚め、頭部に毒を仕込んでカバオくんを殺害したりしたらそれは大変なことである。

 

 

  3次元存在、つまり私たちは、無意識のうちに常にアップデートされている。無意識と言っても変化そのものは自分の意思なので、アップデートしている、という言い方のほうが正確かもしれない。こっそりダイエットして10kg痩せてもいいし、昨日まで支持していた人間を急に嫌いになってもいい。そこには誰の許しも必要なく、動機は説明してもしなくてもいい。周りの人間はたしかに驚くかもしれないが、「ま、生きてればそういうこともあるよね。人間だし」というように一応納得してくれるだろう。

 

 

  それでは2.5次元存在はどうであろうか。私はそういった人たちを肉眼で認識したことが今までのところなく、存在そのものを危ぶんでいるのだが、見たことがある会ったことがあるという人の証言からすると、彼らはたしかに私たち3次元存在と地続きの場所で生きているようだ。人間である。人間であるので、特に許可なく勝手に常にアップデートしている。日頃SNSを細やかに更新しているのであれば、その変遷の一端くらいは垣間見えるかもしれないが、それにしたって全ての情報を世界に向けて放出しているとは考えにくい。そうで無いのなら尚更だ。

 

 

  そうすると、私たちの持っている情報と、その本人というものに徐々に乖離が生じてくる、ということが起こる。例えば本人が「ハンターハンターめっちゃ面白い!漫画の中で一番好きです!」とどこか私たちの見える場所で言ったとして、私たちは「ふぅん、◯◯さんはハンターハンターが好きなのね」というふうに思うだろう。その数ヶ月後「ハンターハンター全然続き出ねえし文字は多いしマジでクソ」ということになっていたとしても、告知がない限り私たちはそれを知ることができない。下手すると死ぬまで「◯◯さんの一番好きな漫画はハンターハンター」ということになってしまう。

 

  

  2.5次元存在について、2次元存在よりもその存在そのものが議論の火種になりやすいのは、上記のようなアップデートの不透明さに原因があるように思う。芸能人の電撃結婚も、彼らを3次元的に捉えている関係者からすれば電撃でもなんでもなく、むしろ順調なアップデート(アップグレードと言った方がおめでたい感じもする)だろう。しかし私たちはそんなことはつゆ知らず、いきなり寝耳に電撃結婚を流し込まれるので、結果的に阿鼻叫喚、ということになる。吉報ならばまだ良いが、薬物濫用だったり未成年淫行だったりでの逮捕ともなれば、その過程を知らされていない我々からすれば自死も厭わぬショックがもたらされるわけだ。

 

 

  残念ながらこの不可視アップデートを回避する手段は今のところなく、私たちはいつ浴びせられるかわからない冷や水に怯えながら暮らすほかない。できることといえばせいぜい、その隠された過程に想いを馳せ、「仕方ない事情があったのかもしれない」と下唇を噛むことくらいか。あるいは、彼らの存在を三次元的に認識できる関係者への格上げを夢見て、自らを不断にアップデートしていくことである。