女子大前観光

 

20時過ぎの池田公園は地獄と繋がっている!

 

池田公園の、変なモニュメントの前。ベンチに座って「戦姫絶唱シンフォギア」のテーマソングを爆音で流しながら、私はもう数年来の付き合いになるフォロワーのちのぴと、ホストクラブのキャッチが来るのを待っていた。ホストなんて、自分ひとりじゃ絶対行かないし行こうとも思わなかったと思うけど、ちのぴが「私の普段見ている地獄を是非見てもらいたい」と言うので、観光客気分で見に行ってみようかな、っていう。

ちょっと離れた場所で若い男の人が電話していて、ちのぴが「多分遅刻したホストやと思う、女の子と同伴すると遅刻しても怒られないから、ああやって女の子呼び出してるんだよ」って教えてくれる。いやいや、それで呼ばれて来ちゃう女の子もどうなのよ。同伴料っていうの、かかっちゃうんでしょ?やっぱりホストで遊べる人は心はともかく金には余裕があるから、そういうの気にならなかったりするんだろうか。

そうこうしているうちにキャッチがやってきた。ちのぴが言うにはこの時間帯の池田公園にはホストのキャッチとキャッチ待ちの女とホストとホストに殴られている女しかいないらしいので、キャッチも特に迷いなく声をかけられるというわけだ。一番最初に声をかけてきたところに行こうって話してたから、とりあえずその人についていく。

ちのぴがいつも行っている店が近くにあるらしくて、そこの人に見つからないようにちょっと遠回りした。別の店に行ったのがバレると怒られるらしい?別の店にお金落とすくらいならこっちで貢げ!みたいな話なのか、仲良い女の子が別の男と遊ぶのが嫌だ、みたいなめんどくさい話なのか。私は確かにこれからホスト行くけど、とりあえず無課金ユーザーって感じで、ズブズブにハマる予定もないし、そういう明文化されてないルールみたいなのを当事者に寄り添って理解できる日は来ないだろうなと思う。

フロントで形だけみたいな年確をすませて、席に通される。黒い革張りのソファー、薄暗い店内、自分から進んでは聞かないだろうなっていう、BGM。あーホストに来たぞ!って感じ。タバコ吸いますか?って聞かれて、さっきここに来る前にコンビニで買ったタバコをドヤ顔で卓上に置いた。いいえ、普段全く吸いません。これはレジで店員に「オプションの5ミリ」って言いたいがために買ったやつです。ライターも借りたやつ。喉が弱くてシーシャ(水タバコ)をちょっと吸っただけで重度の喉頭炎を患った私にとって喫煙者への道のりは遠く険しかったのだ。

事前の打ち合わせで『2人とも、ホスト来るのは初めてで、しかもお昼の仕事してるっていう設定でいこうね!』っていうことにしてたけど、ちのぴは重課金ホス狂エリートだし、特にそんなことない私ですら今日で2回目だった。ちなみに初めて行ったときは仕事のできるホストに注がれるままに大酒を飲んで酔っ払ってトイレでゲロってそのまま寝落ちてタクシーでちのぴの家まで途中強制送還された上、翌日定休日だった店に携帯を置き忘れ非番だったホストを呼びつけて店を開けさせるという迷惑千万ムーブをブチかましてしまったので、正直あんまり思い出したくない。あとシステムがよくわからんままよくわからん人を指名してしまってよくわからんまま8000円とられた。解せん。そして許さん。

そういうわけで、今回はその反省を生かして、お酒は控えめにし、指名を強請られても不本意であれば断固抵抗しようと決めていた。そして前回酔い潰れたせいでかなわなかった2部への生き残りを果たすのだ。

最初に席についたのはなんかこう、ザ・ホスト!って見た目の子で、昼間外に居たらちょっと私はウヘェってなっちゃうかなって思ったけど、こういう場所で見ると映えてて最高だった。バシッとスーツ着てても、サラリーマンにも予備校の名物教師にもならないの才能だと思う。前回の初陣まではホストは全員スーツ着てるものだとばかり思ってたんだけど、そういう考えはもう古くて、最近は私服オッケーなんだってさ。顔が一緒でもスーツ脱いだ瞬間その辺の兄ちゃんになっちゃうから、スーツはやっぱり偉大な装備だと思うし、由緒正しいプロトタイプホストを見たかった私からすれば残念っちゃ残念だけど、威圧感がなくなる分親しみやすくていいのかもしれない。

ホストは15分交代くらいで入れ替わる。お互い手の内を晒し過ぎない薄い浅い温い会話を3回くらい楽しんだ。内容としては、多分だけどつまらない部類に入る……ような気がする。仕方ないけどね。初対面でぐいぐい踏み込んでくる方が異常だと思うし、相手がどんな子かわからないから何を言ってもよくて何がダメなのかわからんだろうし。時間もないし。そんな中でできる限り女の子を楽しませようとして、自分を売り込むためにみんな一生懸命だった。

話聞く限りではバイト感覚で適当にやってる子なんかいなくて、みんなホストとして売れたいって思ってて、名刺とかも凝ってキラキラしたやつにしてて、毎日美容室行って髪の毛セットしてきてる子とかいて、あーマジなんだすごいなぁって思う反面、何が君たちをそうさせるの?とも思う。

私はキャバクラとかちょっとかじっただけだけど、こういう人気商売で上に行くのにどれだけ努力と我慢が必要か、みたいなことを、朧げにわかっていた。そこでどれだけ頑張って、お店のナンバーワンとかになって成功したとしても、人並みに苦労して最悪なこととか最悪な人とかいろいろ乗り越えてきた一部の人間には、どうせ夜の仕事だろうって下に見られてしまうことも。人に誇れることだけが仕事の醍醐味じゃないってわかってるけど悔しくならんのかな。少なくとも私は当事者じゃないのに勝手に悔しい。

 大学通ってた時、同級生の女の子が地元の男友達が名古屋でホストやってるらしくてさって笑ってた。私も一緒になって笑ったけど、今なら絶対笑わないだろうなって思う。だってみんな頑張ってるんだよ。自分の時間使って好きでもない女とラインしたり通話したり時には枕営業みたいなこともやったり、酒飲んで肝臓ブッ壊したりしながら一生懸命やっている。売れて、ナンバーワンとかになって、それでどうなるの?ゴールはどこにあるの?って思うけど、ゴールがわからんのなんてどんな仕事でも一緒だし。なんで笑うんだよ。おかしいだろ。まあ好きで好きで仕方なかったって刺されちゃう人も中にはいるみたいだから、全員清い貴い努力家だっていう気もないんだけどさ。

 店を出るとき送りっていうのがあって、気に入ったホストを一人指名してお見送りをしてもらうことができる。カバンとか持ってもらっちゃって、場末だけどお姫様気分が味わえるのだ。とりあえず一番最初にきた由緒正しめの子を選んだ。あとから送りに選んでくれてありがとう!みたいな一生懸命な営業ラインが届いて、なんかもう微笑ましくなってしまった。

 

夜はまだまだ終わらない。ちのぴが懇意にしているホストが、今新天地を求めて体入まわり(体験入店でいろんなお店をまわるやつ)の最中らしく、その子がいるお店に顔を出すことになった。そのお店自体にはちのぴも私も行ったことがなくて、だから初回料金っていうので入れた。だいたいどこのお店も初めて行くところで指名も何もしないなら3000円くらいで入れるのだ。ぼったくられたら怖いけどちょっと興味ある、みたいな人はそういうところから攻めていくのはありだと思う。

 これはキャバクラと同じだけど、すでに指名しているホストのいる女の子には名刺を渡したり連絡先を交換したりみたいなことはできない。だから営業攻撃は仲良しのホストを指名しているちのぴの代わりに私が全部被弾していた。どこの店でもみんな一生懸命でかわいいなって思う。店に入ったのは大体22時ちょい前くらいだったと思うけど、このまま閉店までここにいよっかって話になって、『飲みなおし』か『指名』の二択をとらされる。飲みなおし、はまあ延長みたいなもんで、初回料金にちょっと上乗せがあって、だいたい一万円前後をみておけばいいんじゃないだろうか。指名は今まで席についたホストから誰か気に入った人を選ぶやつで、時間的にはこっちも延長になって、料金も同じくらいだった。システムは店によっていろいろあると思うから、うわダルイ!高い!と思ったら時間になったら帰ればいいよ。

指名、することにした。だけど選べん。顔とかは特にこだわりないし、入れ替わりが激しすぎてどの子がどんな話をしてたかとか忘れてしまったし。もらった名刺を適当にシャッフルして、上から8枚目にあった名刺の子を適当に指名した。あとはほんと、アホの大学生の飲み会と変わらない感じ。ひたすら飲まされるゲームをやってIQを下げていく。IQ下がりすぎて気づいたら鏡月をショットグラスで何回も一気飲みしていた。吐かなかったの奇跡だと思う。指名した子は人気ある子なのかわからんけど別のテーブルでも指名が入っていて、そのせいでしょっちゅう消えた。いいけどさ別に。

ラスソン、ていうのはその日一番売り上げがあったホストが一番お金使ってくれた女の子のいるテーブルでカラオケ歌うことで、前回来た時も聞く機会はあったけどトイレで寝てたからほとんどわかんなかったやつ。選曲はジャンヌダルク、令和に入って初めてその曲聞いたけど、ホストの中では定番のアレらしい。ちのぴと仲良しのホストが、体験入店でラスソン歌えたらかっこいいと思わん?ってちのぴに言ってておー怖、と思うと同時に、ホストのホストらしい一面を見れてこれは撮れ高だなって思った。

 営業時間が終わって、さっきみたいにカバンを持ってもらって店の外に出ると、ちのぴの知り合いの女の子がホストにタイキックをしているところだった。後から聞いたら裁判所から赤紙が複数届いている強者らしくて、女子大前の治安を改めて思い知った。

 

 

 夜も深くなってきたけど、私はここで帰るわけにはいかない。また店を移動する。次は2部だ。ホストクラブには時間によって営業の形態を変えている店がある。さっきまでみたいな、オープンからだいたい0時~1時くらいまでの時間帯で、ド素人がホストって聞いて想像するようなスタイルのやつを『1部』、これから行くみたいな、指名とかもなく比較的ユルいバーみたいなスタイルのやつを、『2部』と呼ぶらしい。ちなみに『朝ホスト』なんてのもあって、これは朝の5時とかからあいているらしい。健康そのものかよ。みんなでラジオ体操でもすんの?あ、しないの。有識者(ちのぴ)から言わせると「朝ホスは指名取れない子とかがかり出されてるからみんな病んでるしもう行かん」そうです。

前回は1部の途中で頭と体がバグってしまったので、2部に行くのは正真正銘初めてだ。ちのぴはカラオケとかできるから2部の方が楽しいし好きだっていう。いいね。シンフォギア歌おう。

2部に選んだお店は今まで行った二つよりもかなり規模の小さいところで、ちゃんと行ったことなくてピンとこないけど、それこそバーみたいな感じだった。水色っぽくて明るい店内、ホストクラブとして営業しているところをあまり想像できない。しかももともと定休日の予定だったところを無理やりあけたからホストも一人しかいなくて、席料についてくる飲み放題も、デカいピッチャーに入った割り材と瓶の焼酎を渡されてご自由にどうぞ、って感じ。

確かに居心地がいいなと思う。生まれた場所も好きな歌も着たい服も生きる意味も違う人たちがなんとなーく、お互いを程よく無視しながら、それでもベン図くらいの結びつきで浮遊している。

カウンターには連れ立ってきていると思われる女の子が3人いて、カラオケを楽しんでいた。1人は手首の目立つところに薔薇のタトゥー。昼間のお仕事の収入だけじゃ若い女の子がホストで遊ぶのは厳しいと思うから、お客さんは風俗とかで働いてるような子が多かった。それか何を収入源にしてるかわからんご婦人。いずれにせよ、こういうとこでも来ない限り関わることのなかったタイプの人たちだなって思う。

ちのぴが、曲の『歌舞伎町』の部分を全部『女子大』に変えて歌うのを、笑いながら聞いていて、ちのぴのことをかわいいなって思う。出会ったとき私は大学一年ちのぴは多分中学生か高校生くらいで、その時は二人とも人生とか将来とかなんも考えてなくて、良くも悪くも純粋だった。それから何年か間があいて、再会した時にはちのぴはホストに狂っていたし、私は留年して実家と絶縁していた。お互いそれなりにメチャクチャなことになっていて、酒を飲みながらどうしてこうなっちゃったんだろうね、みたいなことを言いあったりした。メチャクチャだから、酔って歌って叫んで、幸せになりたいとかって、抱き合ってキスまでした。

私たちはこの先一生、胸を張って、自分はまともです、とは言えないんじゃないかと思う。遺書の書き出しはどう頑張っても『恥の多い人生を送ってきました』にしかならない。置かれている環境はもちろん、個人の気質みたいなもののせいで、私たちは、まともにはなれず、陰りのない人生でしたとは、とても言えない。私たちだけでなく、夜の空気を吸って生きている人はみんなそうなんじゃないかと勝手に思う。普通でいたいこととか、幸せになりたいこととか、とりあえず今すぐにはどうにもならないようなこと、気にしていないような顔をする。全部諦めた顔をして、ワルイ女のふりをすることは理屈じゃなく気持ちよかった。普段吸わないタバコとか吸ってみた。ホストとか行っちゃって、そんなことにお金使っちゃって、自分はなんてダメなんだ!みたいなかわいいかわいい自分に対する精一杯の哀れみがある意味幸せ。ホストとかに通う人は純粋な楽しさを求めるほかに、そういう、ダメ寄りになることでしか救えない憂鬱を倒しに来てるのかもしれない。読めない名前ばっか書かれた、ギラッギラの名刺を並べて作ったデッキでしか倒せない憂鬱を。

気付いたら、朝で、駅だった。ちのぴにタクシー代を出してもらったことをぼんやり思い出し、申し訳なくなる。私は待合室の椅子にもたれかかって2時間くらい寝ていたらしくて、心配した駅員さんに声をかけられた。その時はまだ泥酔していたので大丈夫、こういうの趣味なんで。とかわけわからないことを大声で言って駅員さんを困惑させた。通勤ラッシュで、私が普段眩しいと思っている会社員とかが、掃いて捨てるほどいて、高校生もいっぱい居て、こんな大人になっちゃだめだよ、清潔なままでいてね、と勝手に思った。朝に似合う自己憐憫、ほんとはそこまで自分終わってないって知ってるんだけどね。

多分もうホストに行くことはないんじゃないかと思うけど、いっちばん最初に連絡先を交換した正統派ホストから、毎日のように営業ラインが届いていて、こんなに頑張っているんだから応援してあげたいな……みたいな気持ちが確実に芽生えていて、やばい。ホストの効能は、顔の綺麗な男の子と喋れて楽しいこと、特殊な憂鬱と戦えること、あとは自分が誰かを支えている!という錯覚に陥れることだ。

 だから、ソシャゲに課金するのに抵抗のないオタクと、地下アイドルとかに育てる喜びを見出しているオタクは絶対行っちゃダメ。ハマるから。ホストそのものが地獄だとは思わないけど、沼落ちした後の人生については、ちょっと保証できないかな。これは遺言です。遺書の書き出しにして、後世に長く伝えていきたいと思います。